平成20年10月13日(日)  

 昨日、世田谷レディースへ行きました。
関東大会前の最後の練習だったので、実戦に近い練習が多かったです。最後に「来週は頑張りましょう。」と言って終わりました。いよいよ来週だ。。。という思いが強くなってものすごく楽しみになりました。

  しかし。。。

  今日13日、青学 vs 早実の試合を三鷹高校まで応援に行きました。青学には2人の千葉でも頑張っていた人がいて、2人の姿を見て、ますます関東大会が待ち遠しくなりました。点差はひらいてしまったけれど、相手陣にいる時間が長く、もう少しでトライが取れるかも!という場面がたくさんありました。また、反対に自陣でプレーされていても、一人一人が止めるという意識を持っていて、「接戦だった」という印象を持ちました。3年生が2人しかいないのにも関わらず、その3年生を中心に一生懸命プレーしていて、とても輝かしかったです。来年も頑張って欲しいです。2人のプレーを見て、ラグビーがしたい!!と強く思いながら家へ帰りました。(試験一週間前なので部活が休みで。。。泣)

  すると、一通のメールが届きました。
それはあまりにもショックな内容でした。「19日、26日の関東大会は人数が集まらない為、中、高は試合が中止になりました。」見た瞬間は、本当にがっかりしました。でも、心の奥では、なんとなく「やっぱり」という思いもあり、何の気力もなくなってしまいました。(前から人数が足りないといううわさは聞いていたので。。。)そして、女子って人数少ないんだなと実感しました。
 ユースにいると、「これだけ女子がいるんだ。」なんて錯覚を覚えていましたが、現実を知ったような気分でした。

もっともっと女子ラグビーが盛んになるように、自分たちができることを見つけて努力したいです。


平成20年10月5日(日)

 今日は世田谷レディースに行きました。
大雨のせいで多摩川の水が溢れ、グランドが使えなくなってから一ヶ月はたったでしょうか。今日はいつものグランドではなく、レッドさんのグランドを貸して頂きました。(ありがとうございました。)
  世田谷レディースには色々な人がいます。そして、色々な年齢の人がいます。私たちのような入りたての高校生や受験をひかえている人、小学校の先生になれた人や、大学に通って音楽について学んでいる人、会社で働いている人。いつもな別々の場所で別々の事をしている人たちが、日曜日の午前中だけ、同じ場所で同じ事を学び、一緒にラグビーをしているのです。ラグビーだけの共通点しかない私たち。でもそれはとっても大きなつながりだという事を感じました。
  世田谷レディースの方のほとんどは私よりも年上であり、人生の先輩でもあります。「こういうバイトがいいよ。」「大学は大変だよ。」「もっと遊んどいた方がいいよ!今のうちだよ(笑)」このように、たくさんの事を教えてくれます。大学という形しかしらない私に中身も教えてくれたりします。これは私にとって大きなものとなっています。そして、大変影響を受けます。
  人生だけではなく、もちろんラグビーについてもです。世田谷レディースには何十年もずっとラグビーをしてきた人や元日本代表、そして現日本代表の方がたくさんいます。「今のはね。。。」「もっとこうしなさい」時には厳しく言われることもありますが、その力強い言葉には「この人みたいになりたい。この人とラグビーがしたい。」という気持ちにさせられます。
  私の友達にラグビーが好きだけど、怪我などもあり、なかなか上手になれず、ラグビーがしたくない、ラグビーがつらいと感じてしまっている人がいます。
その友達のように、今このような気持ちの人が一人、二人いるかと思います。私も「ラグビーなんかやりたくない」「休みたい」と思ったことはたくさんあります。
でも、もし本当に休んだら、自分が逃げたことになるような気がしてしまい、なかなか休めず、、、。しかし、ラグビーから解放されたいという気持ちもある。
こんな状態が私にもありました。
  今の私は世田谷レディースの人のラグビーに対する熱意を見て、どんどんラグビーが好きになっています。「もっとこうできるようにして。」そう大人の人に言われると、絶対にこの人の前で出来るようになったプレーをしてみたい。と思ったりもします。私はとってもあこがれているのです。
  同じチームの男の子や先輩又は後輩にも「あこがれ」を持っています。みんながとってもキラキラした存在です。世田谷レディースの人もキラキラと輝いていますが、そのあこがれの中に身近さを感じたりもします。ずーっと先の存在ではなく、いつも手を伸ばしてくれるようなそんな存在です。だから余計に「この人に見て欲しい」と思うのです。「ラグビーがいや」そう思ってしまっている人も、今あこがれている人を思い出してみて下さい。身近な存在でキラキラした人です。
“いつか”いつかその人みたいになる!そしてその人に自分のプレーを見てもらう!そう思えたら、きっと気持ちが楽になると思います。アドバイスをしっかり聞き、全てを自分のものにする。そうしているうちに、自然と楽しくなるかもしれません。世田谷レディースの人みたいに大人になっても、ずっとラグビーが好きでいて欲しいし、続けていて欲しいです。


平成20年9月21日(日)

 今日は辰巳のグランドで、世田谷レディースの練習がありました。11時頃から江戸川レディースとADをする事になりました。
その江戸川レディースとのADの時、世田谷レディースには、FWのアップの遅さ、前へ出る意識の低さの課題が上がりました。
みなさんも知っての通り、ラグビーのルールが変わり、(試験的ですが)BK、FWで今までと少し意識を変えなければならない事がでてきました。その一つで、今回できなかったのが、そのFWのアップ、そしてディフェンスについてです。BKは5m後ろへ下がっているので、相手がスタンドの内にボールを出した時、それを止めるのはFWの役割だと教わりました。そのためには早くブレイクし、前へ出なければなりません。世田谷はこれがなかなか出来ていませんでした。
  もう一つ感じたのは、「いらない所でいらない人がいらないプレーをしている」という事です。完全に相手がボールを出しそうなモールにどんどん入っていったり、コンタクトが起きた時、とにかくみんながそこへめがけてダッシュしているだけだったりと、目的のないプレーが目立った気がしました。これも一つの判断だと思います。しっかり意識して冷静にプレーしたいです。
  私たちの練習の後、同じグランドでブルースの紅白戦がありました。久々にブルースの方と会い、ふと千葉選抜の事を思いました。昨年の今頃私たちは神戸で合宿をしていました。あれから一年。今、みんなはどうしているのだろうか。急にあの頃がうらやましい気分になりました。
私は今でも、あのメンバーを本当に誇りに思います。本当に楽しかったんだな〜と改めて自分の気持ちを確認しました。あの頃があったから、今の自分が頑張れてる。そんな気さえします。
  とっても貴重だった時間はあっという間に過ぎ去り、今はまた違うことで悩み、苦しみ、そして楽しんでいる。あの時間が貴重だったと今更気付き、そんな自分はバカだと思う。今、本当の貴重さがわかった。一秒でも同じグランドにいられたこと。それがどんなに嬉しい事だったか。
  なんとなくすがすがしい気分になった。遠く離れたグランドで、でも同じ空の下で、今でもラグビーボールに触れている。ラグビーをやっていれば、ずっと忘れないでいられる気がする。あのメンバーを。


平成20年9月14日(日)

 今日のユースは午後に試合をする予定でした。しかし、中高合わせて10人ぐらいしかいませんでした。
ガラガラのロッカールームで、ザワザワとみんなで話しながら、騒ぐのが楽しかったです。
 でも、今日の練習はそれ以上に楽しかったです。ヒット、リップ、オーバーの練習を午前中にし、フィットネスを頑張った後(笑)、午後はモールゲームをしました。少ない人数だったので、きっちり話し合い、自分たちの目標を決めてやる事ができました。また、コーチには、本当に丁寧に教えて頂けて、ものすごく身になりました。
 何が楽しかったかというと、みんなが本当に集中していて、無駄なプレーやミスがなく、一つの事をみんなが同じ気持ちで目指しているというのがとても伝わったからです。それは、私だけでなく、みんなも感じていたようで、どんどん声が大きくなっていき、その声がチームの気持ちを活気づけました。コーチたちも「とても充実した練習ができた。」と私たちにお礼を言ってくれました。
 それがうれしくて、コーチも選手も一体化したような気がしました。「つらいけれど楽しい。」そんな練習が一番身につくのではないのかなとも感じました。
 多分今日の練習は一生忘れられないものになると思います。
 練習で、あれ程興奮したのは久しぶりな気がしました。


平成20年9月7日(日)  

 “一生懸命”という言葉は誰もが言われたことがあり、また、使ったことのある言葉だと思います。
 一生懸命やるというのは、どういう事なのでしょうか。誰より早くグランドへ行く事、あるいは、常に声を出す事。人によって一生懸命というのは異なると思います。
 なぜこのような事を書いたかというと、私は今、部活とユースと世田谷レディースの3つをかけもっています。その日、私は夕方から世田谷レディースの試合があった為、1時からの部活を最初から最後まで出ることはできませんでした。2時に教室に帰り、試合のあるグランドに駆けつけるつもりでした。
ランパスが終わり、その間に先生の所へ行き、「これから試合があり、もう帰らなくてはならない。」という事を伝えました。
 すると先生に、「だったら部活に無理して出なくていいんだよ。試合をするメンバーに失礼じゃないか。それは一生懸命とは違うよ。」と言われました。
「そうだな。。。」と先生の言葉に重みを感じました。
「これから試合をする人がもう汗を流して走ってきた。試合中はもう足が動いていなかった。」こんな事があったら、本当にコンディションを整えて試合に望むという選手としての責任を放棄してることになるし、自分たちの試合をなめていると味方に感じさせてしまうかもしれません。
 私はただ多くの練習に出る事で、一生懸命にやっていると感じていました。でも、自分の練習に対して軽率な考えを持っていた事を思いさせられました。

≪PAGE TOP≫
平成20年8月31日(木)

 夏休みも後半になり、部活では校内合宿が始まりました。新しく出来た人工芝のグランドで夜遅くまで試合をしました。
私はウイングとして何度か試合に出させてもらいました。久我山には足の速いウイングがたくさんいます。「自分で走ってトライする」その「トライ」というウイングの役目をしっかり果たしてくれるような頼れるウイングです。
 でも、“頼れる”というのは“トライをする”という役目を果たすだけで得られるものではないなと感じました。1つはノッコンをしないこと、もう1つは簡単にタッチに出ないことです。こんな事はわかりきっている事ですが、この合宿の試合で「本当に大切だな」と改めて感じたのです。
 グランドの中心で、味方が体を張って守ってくれた、うばってくれたボールを、外で待機しているウイングは、トライラインまでできるだけ近くに運ぶ義務があるのです。けれど、ものすごく進んだのにノッコンをしたり、タッチをしたりで、相手のボールにしてしまうようなプレーでは意味がないのです。私は足が遅いので、トライという役目を果たせる自信がありませんでした。けれど、タッチにはでない、ノッコンはしないこのことを心がけました。
そのおかげでトライ前の良いパスを3度もすることが出来ました。(みんなのフォローのお陰ですが♪)私はラインの一番端でボールをもらい、トライに向かって走りました。けれど、前には2人のディヘンスがいました。今までなら、そのままつっこんで、何をするかも考えず、ただただプレーをしていましたが、タッチにでないという意識のおかげで、内に切ることができ、その次のパスを成功させ、その人がトライをしてくれました。
 私は女という事で、信頼されていない部分があると思います。それに加え、タックルはできない、パスは取れない、タッチには出る、声は出さない。。。では、信頼もなくなるどころか、仲間にも入れてもらえません。パスもこないかも!?(泣)
 だから私は必死です。よく友達に「天然」とか「ボケたね」など言われてしまうのですが、そういう自分でグランドには立たないように、集中して、信頼されるウイングになりたいですっ!!

≪PAGE TOP≫
平成20年8月7日(木)

 今年もユースの合宿がきた。
この合宿では乗り越えなくてはならない事がたくさんある。みんなそれなりの覚悟を持って望んだと思う。けれど、いつも終わってみて思う。やっぱり行ってよかったと。
  一日目は、ユース見直しの測定。これが、合宿が始まってからの話題だった。始まる前までは話したくても話せず。。。
  二日目はなんと言ってもフィットネス。今年もきつかった。けれど、2人組だったので助かった。
私は走らされるのが嫌いなわけではない。あきらかに、自分の力になっているから。
でも、一人で乗り越えるというのはつらい。私は今回、大の仲良しの子と組んだ。その子となら、ずっと走れる気がする。気持ちが軽かった。一人で耐える、その気持ちが私は嫌い。「頑張れ、ラストだぞ!もっと腕をふれ!」そんな声が本当に私を勇気づけてくれた。2人って強い。そう感じた。
  午後試合をした。関東も関西も九州も合同のチームだった。みんながキャプテンに私を推薦してくれた。そのことがうれしくて責任を感じた。だから、たくさん声を出した。でも、3回やったゲームの内、2回はボロ負けだった。タックルもダメ、足は遅い、声がない、内へ内へと攻める。これが原因だとわかっていた。なのに負け続けた。
3回目のラスト1プレーで私は同点トライをした。フォローランで。みんなに「ありがとう」とたくさん言ってもらえた。肩に手を回して喜んでくれた。「よう、やったやん。」って。弱いチームだったけど、すごく楽しかった。いい人ばっか。
  夜、ビデオで反省をし、3日目もそのメンバーで試合をした。昨日とは全然違った。外へ外へ展開し、フォローでつなぎ、声も出るようになった。自然とトライも増えた。「立て直す」その事ができたチームだった。弱いと前に書いたが、弱いのではなく、みんなが同じ理解をしていないだけだった。本当に良いメンバーと、本当に良い試合ができて、本当にうれしかった。
  試合が終わった後の晴れやかな気分、フィットネスが終わった後の軽やかな気分、このためにつらい事からも逃げないで頑張っている気さえした。


平成20年7月28日(日)

 25日〜28日まで、世田谷レディースの菅平合宿でした。 やはり、一番楽しかったのは夜のみんなとの会話でした。笑いすぎて、疲れ果てるような話題もあったけれど、心に残る先輩の体験談もありました。今、自分が感じている怖さ、そして色々な不安を同じように感じ悩んできた。その事を私たち高一に話してくれて、とても心が軽やかになりました。合宿だからこそ、打ち明けられる事、感じあえるものがあるんだなと思いました。
  練習はコンタクトとハンドリングが主なメニューでした。私は捻挫をしていて思うようには出来なかったけれど、心残りなく、練習に参加できてよかったです。ラインアウトのジャンプの動作が大きい、スクラムはもっと首を入れるなど普段もやっていたけれど、注意される事がなかった事も色々教えて頂いて、とても自分のためになる合宿でした。
  また、この合宿では人の温かさや、繋がりをとても強く感じました。日曜日には私の練習に、今大変お世話になっているラグビー部の顧問の先生がわざわざ来てくださったり、松戸RSでお世話になったコーチにグランドで声をかけてもらったり。
  夜の買い物中に、中学時代に私を支えてくれたコーチに「ちー」と呼んでもらえたり、ラグビー部の後輩が会うたびに挨拶してくれたり。改めて、たくさんの自分を見守ってくれている人がいる事を感じました。
  世田谷の校長先生も毎日私の足首を気を遣ってくださり、毎晩薬を塗ってくださいました。サービスエリアでは色々なものをおごってもらい。。。
  今回の合宿で「ラグビーによって繋がる事の出来た人たち」の大切さと、その人たちに出会えた時の喜び、そして今、私を支えてくれている人たちの暖かさ、つらいのは自分だけではないという安心感。今まで薄れ掛けていた大切な事をもう一度心にずっしりと残してくれました。


平成20年7月21日(日)

 今日、午前中は夏期講習に出て、ダッシュで辰巳に向かった。制服では走るのはつらい。。。(笑)
  昨日と今日で辰巳において“2008女子ラグビーサマーキャンプ”があった。
今日の午後の最初のメニューは新ルールのレフリーによるレクチャーだった。13コの内、12コの新ルールを教えてもらった。ルールを覚えるというのはとっても大事なことだと思う。けれど、言葉で説明されただけでは覚えにくいので、その後、実際にグランドでADをやった。
  そのレフリーによるレクチャーの中で感じたことがあった。それはレフリングについて。ルールに基づいて判断するのがルーリング。それに対してレフリングとは、レフリーに任せられた判断のことを言う。
  例えば、22mについて、ダイレクトキックのルールがあるのだが、22mという基準でダイレクトかそうでないかが決まる時、「22m上はどうなるか?」という疑問が出てくる。そうなった時、何で判断するか、それはもうレフリー次第となるのだ。その判断に「え!?何で!?」と文句を言ってはいけないのは、レフリーに対しての礼儀だと思う。
  また、レフリーに自分が22m上にいて、不安になった時は、「大丈夫?」と聞くべきだと言っていた。「大丈夫?」でレフリーはダイレクトを心配しているんだなと感じてくれるから。
ただし!「いい?」と聞くと、「ダメ」と言いたくなるらしい。

≪PAGE TOP≫
平成20年7月13日(日)

ずっとずっと、テストのことで頭がいっぱいでした〜(汗)
では、今日もラグビー日記書きたいと思います!
今日は私の学校生活でのエピソードを書きたいと思います。
  久我山にはスポーツ推薦で入ってきた高校生もいます。その中には中学生の時に千葉だった先輩たちや、千葉と試合をしたことのあるチームの人などがいます。今年、花園で同じ宿舎だった神奈川選抜の人も何人かが久我山へ来ました。
  その中の一人が私の友達に次のような事を言いました。
「千葉は僕が(中3で)試合した時神奈川にボロ負けしたんだよぉ〜」と。
腹立たしくありませんか??(笑)
けど、今、どんなにくやしく思っても、「あの試合で負けた」という事実は変えられないのです。高校生になってしまい、試合すら出来ないですから。。。(泣)
  だから、もう少し、一試合一試合を大事にしてもらいたいのです。 一度負けが、チームのイメージに結びついてしまうからです。 「弱いよ」と。
  私たちが負けた事により、今の千葉も「弱い」と、その人の中では、イメージがついてしまっているのです。それはとても悲しい事だと思います。例えそれが、練習試合であっても同じです。勝つ事が出来れば、それが一番嬉しい事なのですが、例え負けてしまっても「僕らに負けたけど、でも強かったよ。」と言ってもらえるような試合をして欲しいのです。
  だから、「練習試合だし。」と気を緩ませず、その試合に望んで欲しいと思います。
 私のように、言われないようにするためにも。


平成20年6月22日(日)

 今日も雨のせいで練習がつぶれた。なので、久我山のことを少し。。。
 今日、久我山中は関東大会で優勝した。これはすごいことだと思う。
  先週の土曜日、学校が終わり、すぐ、私は熊谷まで応援に行った。Aブロック準々決勝の相手は深谷中だった。私は久我山なら勝てるだろうと思っていた。 実際、勝つことができた。けれど、本当に見ているのもつらいと思うぐらいの試合だった。
取っては取られ。。。取っては取られ。。。本当にドキドキした。久我山は反則が多かった。オフサイドや倒れこみ。何度も下げられ、その度焦った。「キック差で負けている。
時間がない。」応援している私たちは何度もスコアーボードと時計を見た。
不安を抱えながらも、「大丈夫」という安心感もあった。
  そんな時、部長がトライをしてくれた。私は「流石だな。」と感じた。最後は部長が決める。久我山らしいかなとなんとなく思った。
ピーとホイッスルが鳴ったと同時に肩の力が抜けた。やったーとジャンプしたくなる気分だった。
  「久我山だから決勝まで行くのは当たり前」そんな風に思われているプレッシャーに耐えながら、本当にすごいなと思った。
  久我山というプライドを持って、プレーしているみんながとても力強く思えた。

≪PAGE TOP≫
平成20年6月16日(日)

 今日はユースだった。けれど、いつもとは少し違った。更衣室に涼しい風が吹く。それぐらい人が少なかった。
いつもはガヤガヤとうるさく、かばんの置くスペースもないぐらいなのに、今日はそのスペースに人が横たわっていた。
中学生は熊谷で試合。高一より上の人たちはコルツに行ってしまった。
 人数が少ないという事で今日は個人の技術練習が多かった。タックル、キック、ラインアウト、スクラム、ヒット、リップ、オーバー。。。多くのメニューをたくさんの回数行うことが出来た。私はタックルが一発決まれば体が思い出してくれる。しかし、思い出してくれるまでがとてもおそい。自分のタイミングがわからなくなり、次第には相手を倒すことさえもできなくなる。そのたびにもぉー!と自分が嫌になる。コーチは懲りず何度も声をかけてくれた。それがとても支えになって「次!次!」という気持ちにさせてくれた。
 最後にあのガラガラの更衣室で写メを撮った。また一人ユースをやめ、別のスポーツ一筋で頑張るという子が同じ学年だった。決して、絶対に悪いことでも、いけないことでもない。けれど、今までずっと一緒に色んな事に耐えてきた子がいなくなってしまうというのはとてもつらく悲しいことだった。引き止めたいという気持ちはあった。でも、その子はもう決めていた。「ねぇ、続けようよー!」と言うことはできなかった。その子がその別のスポーツが好きというのをとても良く知っていたから。
「また遊ぼうね!」「電話しよう(笑)」。こんな会話で今日のユースが終わった。フィットネスも終え、心が軽くなった私たちは本当に楽しく笑っていた。
けれど、「私と同じ二期生の高一がもう誰もいない。」という事実を抱えている。


平成20年6月1日(日)

 今回は久我山のラグビー部について書きたいと思います。
今、私は中学ラグビー部で中学生と共に活動しています。中学生の時は陸上部に入っていて、毎日のようにヘットキャップを持っているラグビー部の人たちに強い憧れを持っていました。そんな私が「今、学校にヘットキャップを持って行っている」その事だけでも、とても嬉しい事です。
  最初はやりにくさというのが多少ながらもありました。高校生という先輩でありながらも、後から入ってきた者です。先輩なのやら後輩なのやら。。。でも、みんな敬語で話してくれます。少し申し訳のない気がしてなりません。
  練習のメニューに難しいものはそれ程多くはありません。ただ、「集中して、意識して」やる事が求められています。基本の繰り返し。でも私はその1つ1つのプレーにとても緊張します。それは久我山ラグビー部という空気が与えるものだと感じています。
  今私が気持ち的につらい時も、逃げたくなる時も必死に耐えられる理由があります。それは同学年のラグビー部、つまり高校一年の存在です。私たちは一緒にプレーをするという機会はあまりありませんでした。けれど、高校の部活がない時は中学の方へ来てくれます。今では一緒に遊んだりする程の仲になりました。そんな彼らを見ていると私はラグビーに対する気持ちを思い出します。「みんな本当にラグビーが好きなんだな」と一緒にいてとても強く感じます。そしてみんなとても仲が良いのです。きっとその仲の良さは一緒にプレーする中で築き上げられたものだと思います。そんな彼らが羨ましくて仕方ありません。そんな私もラグビーをし続けている限り、一応の仲間に入れてもらえてる気がするのです。また、コーチとして中学ラグビー部で活動している高一も私を支えてくれています。
 そして、何より顧問の先生方の存在です。私は自分のためにラグビーをしているつもりでしたが、今はとても「先生たちのためにも」という思いが強いです。それ程、私を支えてくれ、また力を与えてくれている存在なのです。これからも、もっともっと充実したラグビー部生活が送れたらなと思います。

P.S. 久我山に来て下さぁーい!

≪PAGE TOP≫
平成20年5月25日(日)

 今日は世田谷レディースの試合。
片道1,100円もかかる筑波エクスプレスに友達と乗り(笑)、秋葉原から研究学園駅まで行った。
私たち二人にとって、今回の試合は特別な試合だった。世田谷レディースに入って初めての試合だった。アップの時、色々な人に「今日は思いっきりやってね。」と声をかけてもらった。私たち二人は一番年下。「あっ、はい」と答えた。
  私はランアウトの時、ジャンパーだった。正直私は今までの試合と何も変わらないと思っていた。でも、実際は「15人制という事。大人という事。」この事だけで色々なことが初めてのものとなった。ジャンパーは二人いた。いつもは「私が飛ぶ」と決まっていたが、サインによって飛ぶ人が変わる。これだけで緊張感が高まった。また、スクラムでの押し合いも初めての事だった。
相手の江戸川レディースはFWが大きく重かった。今まで形だけだったものが、「首の取り合い」「押し方」「まわされないように」とつらい中、暑苦しい中で色々なことを考えなくてはならなかった。まだまだ何も知らないなと感じた。けれど、私は思いっきりプレーした。トライまであと2cm(?)5cm(?)ぐらいの所までボールを運んだり、大きな声を出したり、つっこんでみたり。楽しい試合だった。
 この試合で最も驚いような、くやしいかったような「こんな事初めて」と思った事があった。
それはキックオフの時だった。相手がボールを蹴った時。3回連続で私がキャッチした。私は「ここよく飛んでくる場所だな」と思った。そんな私にコーチが「狙われてるから気をつけろ」と言った。私はびっくりした。「狙われているから。」そんな事初めてだった。
4回目のキックオフの時、私はポジションを変えた。コーチの指示で前へ行った。すると相手の人が「あの子どこ?」とキョロキョロしているのがわかった。味方の人が「千里大丈夫だよ」と言ってくれた。「狙われている」それを実感した。しかも本当に自分のところに飛んできたから。私が選手として、まだおどおどしていること、体がしっかりしていないこと、そして何より自分が自分で狙われている事に気付けなかった事が悔しかった。というより、気付けた皆がすごいと思った。
「気付くのが当たり前だ」そう言われてしまえばお終いだけど。初めての事でとにかくびっくりした。


平成20年5月4日(日)

 今日は世田谷レディースへ行きました。

 タックル練が主な練習でした。タックル練の後は、必ずお互いのタックルについて話をします。
  これは「女子だけだからこそ」のことだと感じました。
「○○ちゃんのタックルはビシッってきて痛い〜」とか「タックル、なんか思うように入れないんだよね。。。」とか、一人が何か言うと、「だよねー!」、「それだったら。。。」と、会話が止まらなくなる。
ラグビーについてずーっと話していられるというのはすごく良い事だと思う。
自分のダメな所を指摘してもらえると、「あっ!そーなんだ!」と気付かされる。
  それが大事なんだと思う。


平成20年4月27日(日)

 今日は少しいつもと内容を変えたいと思います。

「選択」

  前回私は「文系、理系」の選択などがあって大変だという事を書きました。他にも、私立か?国立か?、同じ日に予定が重なってしまった時、どちらへ行くか?、これを食べるか?食べないか?、など日々の中で「選択」をしなくてはならない事が必ずやってきます。
そのたびにとても悩みます。
 私はよく友達から相談を受けます。そして、私もよく友達へ相談します。けれど、結局決めるのは自分自身。
 試合と漢検、または英検が重なってしまう事がありました。多くが、検定を一ヶ月前に申し込んでいて、その後で試合がある事がわかるというパターンでした。検定料もすでに払っていたにもかかわらず、試合を選ぶことが多かったです。親には申し訳ないと思っていますが、私にとって試合というのはそれほど大切なものだったのです。
なので、「検定を受けておけばよかった」などと後悔したことはありません。
  選択をした時、「やっぱり向こうにすればよかった。。。」と何とも言えない苦しい気分になることもあります。
後悔をしたくないから悩むのかもしれません。
日本史の先生が、『何かを選んだ時、どちらを選んでも必ず後悔する。けれど、どちらを選んでも正解だ。自分の選んだ結果に輝きを与えるのは自分だ。』と、おっしゃいました。
確かに私もそう思います。AとBでAを選んだ時、Bの経験はできなくともAはやれるのです。だったら、Aにもっともっと集中して、「Aでよかった」と最後には思えるように自分で行動するしかありません。
  一番後悔するのはAもBもやらないことだと思います。「やっておけばよかった」この後悔はどうすることもできないからです。

 偉そうな事を言いましたが。。。

  ラグビーのプレーでもたくさんの選択があります。誤った選択をするとコーチが教えてくれます。でも、私が書いたような「選択」は「ちがう!」ときっぱり言うのは難しいです。例え多くの人に「ちがう!」と言われても、自分次第で「間違ってない」という事にだって出来てしまうから。

  ラグビーの場合、後悔するのも大事ですよね!?


平成20年4月20日(日)

 久しぶりのラグビー日記♪

 高校生デビューした私は、今、学校で「受験」だの「文系理系」などうるさく言われ、精神的にへとへとな毎日です。
 そんな私の唯一の解放される日が日曜日。その日曜日に、世田谷レディースに行くことに決めました。
  今日3回目の練習。段々とお名前がわかるように…。
今世田谷レディースはフォワードとバックスに別れたユニット練が主です。フォワードの私たちはスクラムの練習と「コースどり」の練習をしています。
  大人の人達とスクラムを組む事などなかった私は組んだ時の衝撃の強さに驚きました。また、「エンゲイチ」と声がかかってから相手の肩がぶつかるまでのスピードも速く、最近はおっと!となってしまいました。
 年上の方と一緒にラグビーをするという経験はあまり持ってないので、この世田谷の練習はある意味で私に新鮮さを与えてくれています。

≪PAGE TOP≫
平成20年3月23日(日)

【卒業試合】
  もうあの千葉選抜のユニフォームを着る事はないと思っていたが、こんなにも早くまた着れる事になった。
うれしかった。
2年生が卒業試合の相手になってくれた。
やっぱり3年生は強かった。
ぱ〜んっと抜けては、どんどんトライを重ねた。というより、こーでないと困る。(汗)2年生も強かった。オーバーで押してきたり、パスをつなげてスペースをよく見つけていたり。。。けれど、1年多くやってきた力は強かった。
  私はいつものように後半にウイングとして出た。何かこの試合で1つでも輝けるプレーがしたいと願っていた。けれど、ボールは1回落とすは、フォローについても、ただ走ってるだけになってしまったり。。。このまま終わってしまう気がしてとても焦った。でも、なかなかチャンスはこなかった。というより、ミスが怖くて、自分からチャンスから逃げていた気がする。アタックではダメダメな私もディフェンスを精一杯やった。「行ける」と思った瞬間にタックルに入るという事、内から外という事だけは守ってプレーした。S君が「次ラストプレー」と言った。「これで終わっちゃうんだ。。。」そう思っていた時にはキックオフは始まっていた。マイボール。S君が「ブラインド!」と言った。
私は「くる!」と思った。そして「余った」と叫んだ。S君がとても気を遣ってくれているのを感じた。きっと自分で行けただろう。。。けど、私にボールをくれた。私は外に思いっきり走った。ディヘンスが前から一人来てるのがわかった。それと同時にS君の「内にほおれ!」という声も聞こえた。いつもの私なら何のためらいもなく、S君に任せようと思ったが、「頼ってはいけない。せっかくくれたチャンスだもん!」と思った。
私は離しかけたボールをしっかりと持ち、トライ目指して走った。後ろでS君の「そのまま置け!」という声が私をあと押ししてくれた。ピーッ!
トライ出来た。S君が褒めてくれた。私はしっかり「ありがとう」と言えた。たくさんの人が拍手をしてくれた。最後の最後にまさかトライができるとは考えてもなかった。心の中でスキップしていたい気分だった。感謝の気持ちでいっぱいになった。トライが全てではない事はわかっていても、この独走(?)トライには感激した。
  試合後、みんなで写真を撮った。このジャージでこのメンバーで集まるのはこれがホントのホントのラストだろう。けれど、今日撮った写真を見た時、こみ上げてくるたくさんの思い出は無くなる事なく、ずっと心に残り続けると思う。みんなで胴上げした時のコーチのように、このメンバーとの思い出が土台となって、高く高く飛び立つ。それぞれの夢に向かって。どんなに苦しくても、つらくても、受け止め、支えてくれるのもこのメンバーとの思い出だと思う。一生の宝物を手にした気がする。

【松戸少年RS】
  私をずーっと支えてきてくれた後輩がいる事に、私は幸せを感じた。
今日は松戸RSの卒業式。
その前にママさんたちとタグラグビーをしたり、6年生&大人とタッチとして楽しんだ。その時感じたのが、今の中学2年生の存在。小さい時から同じ松戸RSという環境で一緒にやってきた。一つ下というだけなのに、とても先輩として、私に親切にしてくれた。
「先輩どーしますか?」先輩と言われる程、実力もない私に、先輩だからと気を遣ってくれた。本当に今の2年生そして1年生には心から感謝したい。
  そして、もう一人。
私が感謝しなければならない人がいる。同じ中3の河崎だ。
とても優しく、社交的で誰とでも仲良くしてしまう。そして、誰よりもラグビーが好きで、心の底からラグビーを楽しいと思っていると思う。そんな河崎がいなかったら、私はラグビーを辞めていたかもしれない。それぐらい大きな存在だった。
 中1の時。ブルースで、知っている人も少なく不安だらけの私は、日曜日の朝、グランドについては必ず「河崎来る?」と親に聞いていた。「来るよ。」という答えのたびに安心した。


特に話すわけでもなかったが、いてくれるだけで気持ちが楽になった。でも、河崎はどんどん大きくなり、どんどん上手になり、中学3年生の時には、スタメンでばんばん良いプレーをして輝いていた。私は河崎とのキョリが遠くなっていく気がして怖かった。河崎から忘れられてしまいそうな気がした。けれど、河崎はどんなに力の差が出ても今までのようにたくさん話かけてくれたし、試合中もいつも支えてくれた。だから、私はずーっと河崎にくっついてきた。河崎が私の事をどう思ってくれていたかは分からない。けれど、私は8年間ずっと一緒にプレーできてよかったと思う。
  これからはグランドへ行っても河崎はいない。「河崎来る?」と聞いても「来るよ。」なんて返事は返ってこない。もう、河崎に頼ってはいられない。「親離れ」ではなく「河崎離れ」しなくては。
  この日記を見てくれているかはわからないけれど伝えたい。 「今まで本当にありがとうって。」

今まで私を支えてきて下さった多くの方々に私はとても感謝しています。「ありがとうございました。」では言い表せないぐらいです。
けれど、私の知っている言葉には、この言葉以外で今の気持ちを伝えるのは難しいです。
本当に本当にありがとうございました!!

平成20年3月2日(日)

 最近、なかなかブルースの練習に行かれてなかったが、今日は卒業試合ということで久しぶりにブルースへ行った。
いつもより和やかな雰囲気だった。試合前なのに笑いが絶えなかった。いざ、グランドに立つと、笑顔から試合の顔へ変わった。
「3年生は良いプレー、見本となるプレーを一本、2年生はそれをサポートできるようなプレーを」とコーチが送りだしてくれた。
相手は茗渓。前半はあまり良いムードではなかった。トライされっぱなし。ディフェンスが全くなってないし、バックスも一人一人が何をやりたいのかわかっておらず、ただ気持ちだけがあせってしまっていた。そんなムードをガラリと変えたのがK君のトライだったと思う。後半が始まってすぐに独走トライをしたのだ。
このトライのお陰で、みんな声が出るようになった。「自分もトライを!」そんな思いだった。だから、みんながフォローにつき、ボールを呼んだ。何人もの人がトライをした。一気に気持ちが盛り上がってきた。
  自分たちのキックオフ。K君のキックにK.S君が走った。私は「K.S君をサポートをしたい」と思った。K.S君が丁度よくボールの下へ行き、ジャンプをしてキャッチしようとした。K.S君はボールをはたいた。私はその落ちたボールに相手より速く反応することが出来た。そして、マイボールに。
このプレーで私は少し自信を持った。
そして、最後なのだから思いっきりプレーしようと思った。「トライをして最後を終えたい」そう強く願った。
 ラックから、スタンドの位置にいた私はボールを呼んだ。パスも考えた。けれど、私はゴールポストの真下へ飛び込んだ。「ピー」と長い笛を聞いて安心した。トライしたんだ。。。と実感した。すぐにK君が駆け寄ってきてくれた。
 このメンバーで最後の試合。みんながそれぞれの道へ進んでしまう。
いつもペアを組んでくれたり、合宿の時も同じテーブルで食事をし、いろんな事を話したU君。
最近は中々会えなかったけれど、小学生の時からいつも頑張っている姿を見せてくれたF君。
いつも何かと声をかけてくれ、試合中もたくさんの指示を出してくれたS君。
いつも面白い話しをしてくれ、ムードメーカー的存在だった(3年間のMVP)H君。
学校の部活でなかなか来れなかったけれど、私にとっては今でも大きな存在のY君とS君。
そして、いつも気を使ってくれ、キャプテンとしてチームをまとめてくれたK.S君。
試合中の気合と負けん気は誰よりも強かったS君。
(K君は23日に♪)
こんなすばらしいチームメイトに恵まれた私は幸せだなと思う。これからも日曜日が来るたびに会える気がする。でもこれは私の願いであって現実ではないこと。別れてしまうのは悲しいことだけど、「ラグビー」で繋がっている。これからもずっと。
(3月23日3年選抜の試合があるのでまた会えます☆)

≪PAGE TOP≫
平成20年2月10日(月)

 今日は女子ユースへ行った。雪が積もっているかな?と思いながら向かったが、全く積もっていなかった。(少し残念なような・・・)
 今、中3は受験シーズン。
皆苦労しているなあと感じた。
パスをしながら話し合った。
「うち、悩んでるんだよね〜」とか。みんながそれぞれ何らかの悩みを進学に対して持っていて、ユースのメンバーだと、それが全て打ち明けられる。
なぜなら、「みんなどーやって高校でもラグビーをやっていくか」という事を結局は悩んでいるから。
学校の友達にも、もちろん相談はするだろうけど、やっぱラグビーの苦労となると、ユースのメンバーが一番相談しやすいと思う。
みんな「ラグビーのできる環境」を探している。
同じ悩みを持っていて、それを打ち明けられる友達ってすごく大切だなと感じた。


平成20年2月3日(日)

 今日は雪のため練習がなかった。私は今日漢検だった。雪が積もっている中、電車を乗り継ぎ会場へ向かった。
その車内で受験生とその親を多く見かけた。私と同じ年代も高校受験という大きな壁を乗り越えようとしている。今年の年賀状には「受験頑張ります!ちーちゃんはいいな〜」と書かれているのが多かった。確かに私には受験がない。しかも2月1日〜は入試のため学校がお休みになる。みんなが必死に勉強している中、私は「休日」を過ごしているのだ。(でも3年前は逆の立場だったんだそ!と思いつつ。)「進路」を考えるのは大変なんだ。とよく言われる。
 私たちは今、学校の授業でよく「大学受験の話」をされる。まだまだ先じゃん。と思いながらも「大学どうしよう」とあせってしまう。そろそろ文系か理系かも決めなくてはいけないので、それにも頭を悩ませる。
 だが、今一番悩んでいるのが部活だ。今まで続けてきた陸上部に入ることを考えていたが、中学のラグビー部の先生が「ラグビー部に入るか?」と持ちかけてくれた。だが、高校のラグビー部だと体力的にもついていけず、ヒットなどの「当たる」練習ができなくなってしまい、見ている事が多くなるのではないか。
だったら、陸上部で自分の練習を思いっきりやりたいと思った。
そんな私に先生は「じゃあ中学ラグビー部は?」と言ってくれた。最初は笑っている先生の顔を見て、冗談だと思っていたが、「僕は別に入っていいよ。」と言ってくれた真剣な顔を見て、「本当なんだ」とうれしくなった。高校生が中学の部活に入るという「特別」を許可してくれたのだ。
そして決めた。

≪PAGE TOP≫
平成20年1月14日(月)

 今日は世田谷レディースの練習に参加させてもらいました。
今日もまた、セブンスに向けての練習でした。内容はほとんどユースと同じ。やはり、大切な事はどこでも一緒なのだなと実感しました。
そして、もう一つ思ったのが、セブンスの練習になってから、FW,BKで別れての練習がなくなったということ。
7人しかいないので、7人全員がFWもBKも両方の役割を果たさなければいけないという事なんだな〜と思いました。7人という少ない人数で、いつものグランドのスペースを奪い合う。体力も使うし、1人がさぼっただけで、勝負が決まってしまう。
そんなセブンスの魅力というものをわかってきた気がする。大変だけど。。。


平成20年1月13日(日)

「あけましておめでとうございます。」

 今日は今年初のユースの練習でした。
新メンバーも加わり、歩けるスペースもない程ギュウギュウのロッカールーム。そのロッカールームで新年最初の自己紹介をした。
今、ユースではセブンスに向けて練習している。7人という少ない人数でやるので、体力が必要。
ということで、今日もフィットネスをやった。そして、パス練、タックル練、ディフェンスの練習と最後にADのようなものをやった。15人制と違い、オーバーには1人ぐらいしかかけられず、つっこんでしまうと人数が少なくなってしまい、不利になるので、なるべく当たらず、スペースを見つけてパスで抜くという事をしなくてはいけない。
  コーチが「7人制と15人制は全く違うスポーツ」と言っていたが、確かにそうだなと感じた。7人制は1人のタックルミスのせいで、そのままトライされてしまう事が多い。カバーディフェンスをしても、その寄ってしまった人の対面にパスされ、トライ!という可能性も。。。
そして、アタックは一人一人がスペースを探しださなければならない。もし、突っ込んでしまっても、ラックにするなどして、少ない人数でボールを出さなければいけない。
要するに、一人一人の技術、能力、正確さとチームとしてのコミュニケーションが15人制よりも、ものすごく大事だということ。もちろん、15人制でも、これらは大切なことだが、15人制には「フォロー」というか、そのミスをカバーしてくれる人がいる。けれど、7人制には、それが難しい。何度かセブンスで試合をしたことがあるが、本当に疲れる。また、中学生だけの試合らしい。
ユースでは中学生として最後の試合になると思うので、思う存分走りたいです!

≪PAGE TOP≫
平成20年1/2、4分の千里日記は、HP係の判断により時系列に掲載いたしました。ご了承ください。
平成20年1月2日(水)

 いよいよやってきた花園。
初めてメイングランドに立った開会式。たくさんのチームが並んでいて、「これからだ。」という気持ちになった。
コーチにもらった選手証を胸にさげて歩いた。
「これだけで幸せだと思った。」
私たちの初戦の相手は愛知スクール選抜。
アップのときからドキドキしていた。いつもと違う空気を感じながら、今までにないぐらい興奮した。そして、勝てる気がしていた。いつものように試合をグランドの外から見つめていた。試合に出れなくても、声は出せる。とにかく勝ちたかった。取れば取られの試合だった。けれど千葉の意地。後半が終わるころに1トライをし、勝った・・・。
と、書きたかったけれど・・・愛知は千葉より勝ちたいという思いが強かった。ラスト1プレー。キックでも蹴って、外にボールを出せば勝ててるはずだった。でも、そのワンプレーの千葉のミスを愛知はチャンスにし、トライした。そこで試合が終わった。
さっきまで、「勝った」と確信し、安心し、喜んでいたのに。一気に「負けた」という悔しさと、何も出来ない情けなさでいっぱいになった。
コーチたちに「切り替え」と言われたけれど、元気な“ふり”しかできなっかた。

  2試合目(vs奈良中学校選抜)。
初戦では、ディフェンス、タックルミス、ハンドリングミス、反則・・というたくさんの敗因があった。そのことをよく考え試合に望んだ。試合は千葉が勝っていた。勝っていたけれど、やはりトライを取られる原因は同じだった。
そんな中、突然コーチに「ちー」と呼ばれた。まだ、前半だったし、点差がそれほどついている訳でもないのに呼ばれたので、「何だろう・・」と思った。
「行くぞ」と言われた。思わず「やったぁ!!」と声に出してしまった。うれしくて、うれしくて、うれしくて。「絶対試合に出れますように。」と神様に何度もお願いしていたことが叶った。頭の中に、今まで言われた事、出来なかった事がどんどん出てきた。
 グランドの芝を踏んだ時、本当に興奮した。うれしさと緊張で張り裂けそうだった。でも、自然と不安はなかった。せっかく出してもらったのだから、よいプレーをする!その思いが強かった。
 とにかく声を出した。「誰を見たのか。」「どっちのDFが足りないのか。」「あまっている所はどこか。」
そして、タックルもした。このタックルは試合後、たくさんの方に声をかけてもらい「すごい」と言ってもらえた。私の一番のプレーだった。
 外から見ていて、うずうずしていた気分を一気にすっきりさせることができた。とにかく前へ。決めたら、パッシと。ただ、もう少しパックが出来ていればな〜。とも思った。
 そして、走った。フォロー、フォロー、フォロー。とにかく味方、ボールにくっ付いて走った。短い時間だった。けれど、一分でも一秒でもグランドの中で、千葉選抜としてプレーしたかった。私にとって夢のような時間だった。ずーっと、ずーっと前半が終わらなければいいなあと思った。
後半の終わりぐらいにAさんも試合に出た。メイングランドで試合に出してもらえた。コーチには何と言っていいかわからないぐらい感謝の気持ちでいっぱいになった。女子が全国ジュニア、花園で試合に出ることは初のことらしい。私を“初”として出して頂いた事。「もうコーチの為ならなんでもします!」そう言えるぐらいうれしかった。「うれしい」ってこういう事なんだなあとしみじみ思った。この試合は勝つことも出来、「ラグビーをやっていてよかった。」と思える試合になった。


平成20年1月4日(金)

 今日の相手は何度か試合したことのある茨城選抜だった。今まで怪我で試合に出れなかったZ君がスタメンで出た。この事が私はうれしかった。千葉にとって、いなくてはならない存在だから。試合に勝って、笑顔で千葉へ帰るはずだった。
けれど。。。負けた。
パックがしっかりしていないから、タックルしても抜かれてしまうし、外のディフェンスは足りないし。ベンチから見ている私たちは千葉のミスのたびに「ああ〜!」とハラハラしていた。今日の千葉は声が少ない気がした。何かきっちりしない。すごいといえるタックル、突破、パス。そういうプレーが少なかった。「出たくて、出たくて出たくて仕方なかった私は、ボールを持ち、ヘッキャをかぶりながら体を動かして見ていた。しかし、後半ももう終わりそうだった。「出たい」という思いを、むりやり「出れないな」という思いで消していた。でも、FBのM君が怪我をしてしまった。その時「ちー」と言われた。私は走りたかった。花園前は「トライ!」とか言っていたけれど、とにかく今はみんなの役に立っていたかった。とにかく声を出した。けれど、応援のしずぎで声が嗄れてのどが痛かった。
今日の試合、最初はウイングとしてタックルしていたけれど、最後はFWの役目をしていた気がする。ユースの時のロックのプレーをしていたような。ボールの所に走り続けた。
そして、試合は終わった。
このメンバーでプレーする最後の試合が今終わった。 私にとっては男子と試合するのが最後かもしれない。
本当に今終わってしまった。今後このメンバー全員が集まることも、皆でボールを触る事さえなくなるのだろう。実感が全く湧かなかった。今でもそうだ。また月に一度集まって練習するような気がする。そんな気がしてならない。

 最後の試合で負けてしまったことは、ある意味では良い事かもしれない。 もし、勝っていたら、喜んで、良い別れ方が出来たかもしれない。
けれど、負けたということは、まだこのメンバーが別れる訳にはいかないということだと思う。
このメンバーで茨城に勝たなければ。
勝つまではずーっとこのメンバーは続く。
千葉選抜としてずっとずっと。

≪PAGE TOP≫
平成19年の千里日記はこちら