2007.04.08 〜from 義孝(父)〜 

 またまたご無沙汰してしましました。申し訳ありません。
昨年の暮れに台湾であった地震の影響で、海底ケーブルが破損したとかで日本とのネット環境が1か月近く悪くなってしまいました。そのせいか分かりませんが、メールも1か月以上送受信できなくなり、いつの間にか北京日記を4か月もサボってしまいました。
 
 いつの間にか4月ですね。日本では桜も終ってしまったのでしょうか?北京では咲いているところもあるのでしょうが、私達の家の周辺では全く見かける事はできません。春はやっぱり“桜”ですよね。今年の桜は如何でしたか?
 こちらもすっかり春めいてきました。珍しくここ何日かは青空の日が続いております。以前にも書いたかと思いますが、北京は空気が悪く晴天の日が続く事は少ないんです。日本のニュースを見ていますと、「黄砂」の事が話題になったりしているようですが、今のところ北京は問題ないです。まぁこれからなんだとは思いますが・・・。我々が赴任してからはそんなにひどい黄砂はありませんが、昨年は一度だけすごい日がありました。朝起きて、カーテンを開けたら何だか外が“黄色”なんです。黄砂だったんですね。道にも車にも積もっていました。先ほど「これから」と書きましたが、家の窓を開けておくと床がザラつくのでやはり少しは砂が飛んでいるんでしょうね。あと、こちらで春と言えば「綿毛」です。これも以前書いたかもしれませんが、この季節になるとたんぽぽの綿毛の大きいやつが空からたくさん舞い落ちてきます。結構すごいです。外にいると吸い込んでしまいそうになるくらい降って来る事もあります。

 いずれにしても、春らしくなってきました。今年は日本と同じで暖冬でしたが、やはり春になると何か気分的にも明るい感じになりますよね。スクールも新チームスタートの季節ですね。皆さん頑張ってプレーして下さい。


2006.12.17 〜from 義孝(父)〜

 ここ2週間くらい咳に悩まされていました。北京もだいぶ寒くなってきましたので多分風邪を引いたのだと思います。

 最近の北京はかつてより寒くはないと言われていますが、やはり東京に比べると寒いです。昨日(16日)は最高気温がどうやらマイナスだったようです。夜食事に行こうと家族で外に出ましたが、それはそれは寒かったです。風も強く、歩いていると寒風が顔を刺すようでした。また特に酷いのは湿度です。本当に乾燥しています。会社の居室や自宅では加湿器が必需品になっています。赴任当初は油断していたせいか、ハンドクリーム等を忘れてしまい、一週間くらいで手がひび割れてしまいました。また今年は、乾燥からくる痒みに悩まされ、医者に行き薬を貰いました。男性でもこんな感じですので、女性の方の場合はいわゆる「お肌のケア」は大変なものだと思います。

 私の咳もこの乾燥のせいもあるのだと思います。通常なら医者に行き“咳止め薬”を処方してもらい、2、3日でよくなるのですが今回は咳止めが全く効かず、夜も咳で起きてしまうような感じでした。またこちらの場合、薬もイマイチですし、医者も日本人の先生のいるところは予約がすぐいっぱいになってしまいます。今回は最初に日本人の先生のところに行かなかったのが、失敗だったかな?と思っています。なおかつ、通訳がおらず英語だったのですが、私のような貧弱な英語ではかなり厳しかったです。結果咳止めと抗生物質が出たのですが、回復しませんでした><!
1週間後に日本人の先生のところに行き新たな薬をもらったのですが、イマイチで、最近やっと良くなってきました。実はその間に、4日ばかり出張で香港に行きました。そこで乾燥から解放されたのが良かったのかな、と思っています。それと、北京の空気の悪さも一因です。意外かもしれませんが、北京は物凄く空気が悪いのです。いわゆる「大気汚染」。晴れているのにスモッグのせいで、空が青くない日が多いです。現在、オリンピックに向け、大気浄化作戦を展開中らしいですが、なかなか厳しいでしょうね。
 
 風邪を引き、乾燥と空気の悪さが重なって、咳が思いの他長引いてしまいましたが、やっと良くなってきました。皆さんも体調には注意され、師走を乗り切って下さい。
ラグビースクールは恒例のお餅つきが行われるのですね。つきたての美味しいお餅が懐かしいです。

では。


2006.11.05 〜from 義孝(父)〜

 今日は子供達が通っている、北京日本人学校の30周年記念式典について書いてみようと思います。北京日本人学校は現在、小学部/中学部が同じ敷地内で学んでいて児童生徒数約650名の学校です。1974年に日本人学童補修校とスタートし1976年に児童生徒数17名で、日本人学校となったそうです。その年は大地震や周恩来、毛沢東といった現代中国の巨星が相次いで亡くなった、中国にとって大変な年であり、当時駐在していた日本人にも忘れられない年だったようです。それから今年で30年が経ち、昨日盛大に記念式典が行われました。
 記念式典には日本からあの「さだまさし」さんがいらっしゃって、ライヴを行ってくれました。何でも昔から中国が好きだそうで、25年前には長江を題材にした映画を撮られているそうです。(私も何となく覚えています。)北京にはそれ以来、25年ぶりに来られたそうで、感慨深げのようでした。前日の3日(金)には、学校を訪問された様子が、日本のTVニュースでも放映された様ですので、ご覧になられた方もいらっしゃるのではないでしょうか?歌われたのは「関白宣言」や「無縁坂」「精霊流し」の数々のヒット曲などで、約1時間半でしたが、笑いあり、感動ありのとても良いものでした。ただ驚いたのは子供達が無縁坂や精霊流しにまで手拍子をしてしまった事です。しまいには、「秋桜」にまで手拍子。これには、さださんも注文を付けられる一幕もありました。またおそらくさださんのリクエストだったんでしょうが、子供達皆で、「故郷」をさださんと一緒に合唱しました。海外でしみじみと聴くこの歌には感動しました。まだこちらに来て約2年ですが、日本が懐かしくなったのはきっと私だけではなかったと思います。
 でも海外にいるからこそ、今回のような経験もできたとも思います。子供達も日本にいたらなかなかライヴの経験なんてできないでしょう。歌っていいな、とかギターって格好
いいな、とか日本っていいなとか、きっといろいろな事を感じた一日だった事と思います。
でも、さださんも600人からの小中学生を前に歌うなんて経験なかなかないと思います。
本当にお疲れさまでした。そしてありがとうございました。

 今の北京はもちろん日本と比べれば不便な事は多いのですが、何の問題もなく家族で暮らしていける環境にあります。しかしながら昨日の来賓の方のお話では、30年前は大変だったそうです。食材を手に入れるのも大変だったようですし、中国の人と話す事もできなかったそうです。30年たった今、駐在員の我々はもちろん、中国の人達の生活も格段に向上してきているのでしょう。いろいろな問題はありますが、我々は最前線でこれからも頑張っていこうと思っています。(ちょっと格好いいですか!?)


2006.10.21 〜from 義孝(父)〜
 みなさん、大変ごぶさたしてしまい申し訳ありません。前回のレポートから半年以上も経ってしまいました。頑張っている千里ちゃんの日記を見る度に反省しております。

半年の間にいろいろな事がありました。今回は思いつくままに書いてみようと思います。

6月に私が監督をしている日本人学校野球サークルの中学生チームが地元中学と親善試合をしました。中国では野球はもちろんマイナースポーツ。やっている子は殆どいませんが、この中学は力を入れており、昨年からセレクションで選手を選んで取っているそうです。だから皆でかい。中学1年と2年なのに、殆どの子が175CMはあったと思います。結果は何と日本の負け。やはり指導者が悪いからでしょうか?子供達も相当悔しがってましたが、私も悔しかったです。

9月に女子ソフトボールの世界選手権が北京でありました。日本vs中国の準々決勝を見に行ってきました。もちろんスタンドの応援は99%が中国。二男の快に日の丸を作らせ、応援しましたが、結構怖かったです。確かこの試合は日本でも放送されたはず。日の丸持った男の子を見た人いませんか?それはうちです。それにしても、初めてソフトボールを間近でみましたが、エースの上野さん。凄かったです。

今月、北京マラソンがあったのですが、走りにきた有森裕子さんが日本人学校に講演に来ました。平日だったのでもちろん私は行けませんでしたが、うちの家内や子供達はお話を聞いて感動しておりました。これからオリンピックに向け、いろんな人が来てくれないかと、少し楽しみです。個人的には北京で最後になる。長嶋?JAPANをみたいです。

北京は秋を飛び越え、長く寒い冬がそこまで来ていると言った感じです。
日本は秋真っ盛り。MJrRSもシーズン本番。イベント続きの事と思います。
皆さん元気に頑張って下さい。


2006.04.02 〜from 義孝(父)〜

先日は平成17年度の納会に出席させて頂きましてありがとうございました。
久しぶりに皆さんにお会いできたのと、子供達の人数が増えていたのとでとても嬉しく思いました。指導部の皆さん、運営委員の皆さん大変だとは思いますが、皆さんで協力し盛り上げていって下さい。

さてまたまた、久しぶりになってしまいましたが北京レポートを書かせて頂きます。今日はアイさんについてお話したいと思います。北京の駐在員の家庭には大概、アイさんがいます。アイというのはお手伝いさんの事で、我々からすると非常に安い給料で家事一切をやってくれます。給料は時間の長さや、仕事内容、またそれぞれの家庭によっても違ってきますので一概には言えませんが日本円にするとだいたい一ヶ月、一万円強といったところでしょうか?この給料で、掃除洗濯、アイロン掛け、食事作り、場合によっては子供の送り迎え等をやってくれるのですから、駐妻(駐在員の妻)にとっては、貴重な存在です。人によっては、他人が家に入るのはイヤ、という方もいます。うちの家内も最初はそんな事を言っておりましたが、実際に使い始めるとやはりその存在はかなり大きなものになってしまったようです。
我が家のアイさんは週に5日、午後だけ来て貰っているようです。“ようです”というと、ひとごとのようですが、平日の午後しかいませんから私が顔を合わせる事は殆どないのです。3月は家内と子供達が1か月近く、日本に帰国していますが、その間も来て貰っています。これはとても助かりました。洗濯、掃除もやってくれますし、私が帰宅すると食事もできています。食事についてはやはり日本人との習慣の違いもあり味付け等問題がある事が多いようですがうちのアイさんは、我々の味に近いものを作ってくれるので助かります。アイロンがけも結構上手で、問題ありません。こちらはYシャツのクリーニングが結構高いのでこれも助かっております。
このお手伝いさんの習慣はアジアの国々では多くあるらしく、欧米赴任者からすると、アドバンテージと言えるでしょうか?でも、それだけ、「まだまだの国」に来ているのだと思います。
これからは、こんな中国で暮らして行く上での我々から見て、慣れない事、おもしろい事などを少しずつ紹介できたらな、と思っております。
では、また次回。


2006.02.05 〜from 快(次男)〜
今、ぼくは中国の春せつという休みに入っています。春せつになると大ぜい旅行に行く人がいます。ぼくの家族は中国の南山という所に友だちの家族と行きました。南山はスキーをやるところで、人工雪と聞いていました。タクシーで、やく一時間半で着きました。さい初の日はスキーはせず、雪の山などからすべり台などをして遊びました。夜ごはんは、さまざまな中かりょうりを食べました。りょうりはおいしいものからいまいちなものまでいろいろでした。
ごはんを食べたあと、ふた家族で花火をしました。花火には二つしゅるいがあります。一つはちょうちょのような形をしたせんこう花火で、もう一つは打ち上げ花火みたいだけど、手に持ってやって、五六発打てる花火です。そのあと宿の自分たちのへやでおふろに入りました。おふろの中でびっくりした事があります。それはおふろ場に虫がいっぱいいることです。出たあと、パジャマを着てねました。
次の日、友だちの家族といっしょにいよいよスキーです。ぼくとお兄ちゃんと友だちでスキーを習いました。さい初は全ぜんうまくすべれなかったけど、練習したら少しすべれるようになりました。そのあと、ぼくはお父さんと弟と高いところからすべってきました。正直言って少しこわかったです。
昼ごはんはラーメンを食べました。けっこうおいしかったです。
帰りもタクシーに乗って約一時間半で家に着きました。
3月の春休みには日本に帰って、松戸ラグビースクールに遊びに行きます。
楽しみです!!

2006.02.04 〜from 遼(長男)〜
今、中国では春節で約1週間、学校が休みである。
春節って何?と感じた人も多いと思うので、今回は春節について話しをしたい。
「中国の休み」というのは日本のように、○○の日、△×の日という一日だけの休みはなく、何日間かをまとめて休むという形のものだ。この春節もそう言う休みの一つである。春節はちょうど、中国の旧正月にあたるもので、町に出ればたくさんの人達が正月気分を味わっている。僕はこの春節中に「日本の正月とは明らかに違う」と何回も思った。その中でも特におもしろいと思った
3つの事を話したいと思う。まず一つめは、中国では正月に爆竹をやる事だ。
とても危険なのだが、やってみると以外と面白かったりする。しかし、爆発した時の音がとてもうるさいため、夜にバンバンとやられると眠れずに困る。
二つ目は、中国の場合、年越しそばではなく年越しギョーザであることだ。
これは中国という感じが出ていてとても良かった。
三つ目はお祭りがとにかくにぎやかな事である。店もたくさんならび、とにかく楽しい。羊の肉なども食べた。
このような感じで、中国の休みというのもけっこう楽しい。中国に遊びに来る時は春節中がいいのではと思う(笑)。
再見!

2006.01.29 〜from 義孝(父)〜
松戸ラグビースクールの皆さん、ごぶさたしております。北京の石井です。
私が北京に赴任したのが2005年1月20日。早いものでもう、まる1年が経ってしまいました。慣れない海外生活、仕事や生活などいろいろと問題山積で、本当にあっと言う間の1年でした。この北京日記も元々は長男が担当するという事で始めましたが、1年でたった4回と情けない状況で申し訳ありません。今年は私も北京での仕事や生活など、思いつくままにご報告させて頂こうと思っております。つたない文章でお恥ずかしい限りですが、宜しくお願い致します。

さて、日本のニュース等でも流れているようですが、今日1月29日が旧暦のお正月、中国では本格的な新年ムードに包まれます。「春節」と言われ、国全体が約1週間ほど祝日になります。弊社も1月28日から2月4日までの8連休となっております。昨夜はいわゆる大晦日、北京では今年から十数年ぶりに爆竹が中心部でも解禁になったとかで、我が家の周辺でもあちこちで爆竹を鳴らして、中国人たちは騒いでいたみたいでした。市の規制では、鳴らし始めて良い時間等が決まっているらしいのですが、数日前から夜になると花火のような大きな音がし始め、昨夜は暗くなった頃から音が聞こえてきて、午前0時前後には子供達が「うるさくて眠れない」というほど激しいものになっていました。爆竹というと私達が子供の頃にも、たまに鳴らして遊んだものですが、こちらのものはそんな生易しいものではなく、大きめのものが凄い数、つながっているものらしく、迫力があるそうです。花火もあちこちであがっていました。

北京の春節は非常に寒く、せっかく連休があっても、外で遊ぶという感じではありません。多くの駐在員は南の島にバカンスへ行ったり、日本へ一時帰国したりしております。今年の我が家は、初めての中国のお正月を経験すべく自宅待機です。自宅がある公寓(集合住宅の中国での呼び名)も、そんな訳でひっそりとしております。北京でおいしいものでも食べて過ごそうと思っておりましたが、お店も休みのところが多く、どうしようかと思っています。とりあえずこれから、地元公園で正月になると、開かれる屋台みたいなものを体験しに行こうと思ってます。子供3人も連れて歩いていると、日本人丸出しで少し不安もありますが、チャレンジしてきます。
それでは皆さん、新年快楽!


2006.01.05 〜from 遼(長男)〜 
1月1日、北京に来てから初めての年明けだ。去年はいろいろあった一年だった。そこで去年を振り返ってみようと思う。
まずは最後のラグビー練習日。練習が終った後もバーベキューでもり上がった。
そして北京へ引っ越し。友達もたくさんできあっと言う間に北京に慣れる事ができた。修学旅行では河南省に行き、中国の歴史を学んだ。運動会では中3や中2の先輩方と力を合わせ最高のものを作りあげた。その中で何よりも一番うれしかったできごと、それは長距離記録会だ。昔から足の遅い僕だったが今回は自己最高の4位という成績でメダルをもらうことができた。こんないいこともあったけど逆に中間テストでは大幅に点を落としてしまった。
いろいろあった一年だったけど、僕の今年の目標とも言える言葉は「臥薪嘗胆」である。昨年経験した悔しい思いは、それをバネにしてそれを乗り越えられるよう頑張りたい。

2005.07.25 〜from 快〜
「北京に来てかんじた事」
ぼくが北京に来て一番びっくりした事はじゃぐちの水がのめない事です。

さいしょのほう、日本人学校にいった時は友だちがいなくてとてもつまらなかったけど、今はたくさんできました。北京での生活はなれるのにたいへんだったけど、今ではかんぺきになれました。さいきんはほぼ毎日、友だちと遊んでいます。

松戸ラグビースクールは何か変わった事はありますか?ぼくの学校は今日から夏休みです。今こうして作文を書いていると、ラグビースクールの事を思いだします。ぼくはあさって日本に帰ります。

さようなら。

2005.07.07 〜from 遼〜
北京日本人学校では中学1年から3年生までが一緒になって修学旅行に行く。今年は洛陽、少林寺の旅だった。旅行日程は4泊5日(1泊は寝台列車)で黄河や少林寺、中国最古の寺、白馬寺などを回る。修学旅行出発日当日、飛行機に乗って鄭州に行き、黄河を見た。まず川の横幅の広さに驚いた。日本ではありえないくらい長いものだった。次に驚いた事は川が土まみれなのでちょうど真ん中あたりが島になっている事だ。そこの島では土を踏んでいくと、硬かった土が急に軟らかくなり、ふにゃふにゃになるおもしろいものだった。3日目は少林寺に行った。少林寺と言うだけにたくさんの人が修行してたりするのかなぁ、と思ったけど、実際はテーマパークみたいになっていて、敷地内を電気自動車が走っていたりした。でも寺の雰囲気はやはり修行寺らしく、映画に出てくるような、撮影場所とまったく同じだった。 4日目は世界遺産の龍門石窟に行き、こちらもテレビや映画で見る光景の数々に感動した。その後、寝台列車に乗って北京に帰った。この旅行では世界遺産の数々や慣れない中国料理などいろんな体験ができてよかった。このすばらしい文化をこれからも残せるように頑張っていきたい。
2005.05.05 〜from 遼〜
僕はお父さんの会社の都合で、中国の首都、北京に引越ししてきた。最初、空港を出て初めて北京の空を見た時は少しにごりぎみの空だった。日本とは違い空気が悪く、北京では少しどんよりぎみの天気が多い。車に乗り北京の町の中に入っていくと、ビルがたくさんあり人も車もたくさん通っていてにぎやかになっていった。建設中のビルもたくさんあった。これは4年後のオリンピックにふさわしい国にするために造っているようだ。家では今までと違いデモのニュースをよく見るようにしている。いつどこで石を投げつけられるかわからない状態なので、ニュースチェックは必要だ。日本人学校は今年から新校舎になったようで、とても広くなっている。また修学旅行がもうすぐあって、(小学校6年〜中学3年生全員が行く)長江や鄭州(チョンチョウ)に4泊5日で行く予定だ。あまり慣れない生活だけど、この経験は今後どこかで必ず生きると思うので、3年間頑張りたい。
2005.04.25
ごぶさたしております。

日本では連日、中国での反日デモの報道がされているようですが 今のところは特に危ないめに会う事もなく、家族全員元気にやって います。
子供達は日本人学校、幼稚園に通い始め、友達もでき生活のペース がつかめてきたようです。

「中国便り」気になってました。遅くなりすみません。 こちらも5月1日から7日まで”労働節”といって連休になります。この 期間中には第一回の配信ができると思います。しばらくお待ち下さい。

スクールの皆さんもお変わりありませんか?週に一度はホ−ムペ−ジ をみますが、新中学一年の練習も始まったんですね。皆さんに宜しく お伝え下さい。

では。